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あれこれ書く予定。

2023年 俺の漫画大賞「スターリングラードの凶賊」

結論から言いますと、2023年の俺の漫画大賞の受賞作は、

速水螺旋人スターリングラードの凶賊」です。

ほかのノミネート作品については後日アップします。ともあれ、スターリングラードの凶賊の面白さを万人に伝えたいという欲求のほうが勝ちました。

■舞台は第二次世界大戦下のソ連スターリングラード

スターリングラードといえば歴史に詳しくない方でも一度は聞いたことがあるでしょう。

第二次世界大戦中、苛烈を極めた独ソ戦の中で、地獄と一言で済ませるのも生温い戦場「スターリングラードの市街戦」の舞台となった街です。

登場人物はドイツとソ連という2頭の巨大な獣同士の戦いの足の指の隙間をちょろちょろと這い回るかのように、しかし強かに生き延びている凶賊たちです。

■騙し合いと裏切りで二転三転する物語

荒野で、ソ連の兵士たちに私的に処刑される寸前の謎のアジア人を、金髪美形の二丁拳銃が救い出すところから転がるように物語は始まります。


どうやら金髪の仲間が手にするはずだった大金の行方を追っている様子。二人はその大金が隠された、すでにドイツ軍に占領されてしまった村にたどり着くものの、アジア人が唐突に「僕は日本の特務将校だ!」とドイツ軍に保護を求め、金髪を裏切ってしまいます。


拘束された金髪を殴り倒しつつドイツ人に接近し、大金の在り処をドイツ軍に伝えるアジア人。やがて発掘した大金をよそに、皇后アレクサンドラの首飾りが発見されるが……

白泉社:速水螺旋人「スターリングラードの凶賊」

ここまでのお話は、上述の白泉社の公式サイトで試し読みできますが、この先の「あっ!?」という展開には驚かされます。

基本的に、登場人物たちの騙し合い・裏切り会いで進行するお話は、目も当てられない残酷な出来事なのに、乾いた笑いを感じさせます。戦争であらゆる感覚が麻痺して白けてしまった雰囲気と相まって、どこかユーモラスに映るのです。

■謎の人物「トーシャ」の魅力

本作の主人公の一人である謎のアジア人・トーシャの、突拍子もない言動と行動は非常に面白いアクセントになっています。第1話で唐突に日本人の特務将校を名乗っただけでなく、その後の話では拘束されて「私はチベット人です」などと言い出す始末。

本名も来歴も年齢も人種も一切不明。そもそも何で独ソ戦下の国境付近をうろついていたのかも分からない。

分かるのは、彼は子どもを殺し合いに参加させるような人物ではないということだけ。

あっちこっちで捕まっては、口先三寸で危機的状況を乗り切るトーシャの弁舌と行動からは目が離せません。

■祖国も大義もなく、しぶとく生き延びる凶賊たち

物語が進むにつれてさまざまなキャラクターが登場し、騙したり裏切ったり、騙されたり裏切られたりしては(色々な意味で)去っていきます。

独ソ戦について歴史の教科書の観点から俯瞰すると、ナチスボリシェビキ、死者数千万人の地獄の戦い、ユダヤ人のホロコーストといった大事件が目に入りますが、本作に登場するような人種も来歴もさまざまな個々人は出てきません。

もちろん本作はフィクションなので、こんな話が実際にあったというわけではないのでしょうが、彼らのような人物はきっと、かの戦争下にもきっとあったのです。

後世の人間である我々はスターリングラードの戦いと独ソ戦の結末を知っていますが、ルスランカと公爵令嬢、そしてトーシャの行く末は知りません。この後にどうやっていくのかまるで分からない、凶賊たちの物語の行く末を見守りたいと思います。